コラム

夏まつりと花火の季節です

 ことしも七夕まつりの季節がやってきました。風に揺れる竹飾りの吹き流しは清涼感があって、とても美しいと感じますが、8月5日の夜に打ち上げられる花火のほうが市民には人気かもしれません。近年は天気に恵まれず、1万5000発ともいわれる花火は雲に隠れたり、無風のために煙にかすんだり、残念に感じることがままあります。
 東京・両国の花火は、300年ほど前に始まったのだそうです。江戸時代は、7月中旬〜10月中旬頃の3カ月ほどにわたり、毎夜のように打ち上げられたと本で読みました。もちろん、最近の花火のように、何千発も何万発も打ち上げられることはなかったでしょう。しかし、それだけに、風情には満ちていたのだろうと想像がつきます。
 ヒュルルル〜と火薬玉が打ち上がる音のあとに、パッと夜空が明るく照らされ、一瞬後にドーンと音が聞こえてくる。パチパチと音をたてて燃える花火の美しさと闇に消えたあとの切なさを、江戸っ子は夜ごと楽しんだに違いありません。立て続けに打ち上げられる現代の花火は、にぎやかではあっても、風情とは無縁のように感じます。
 花火にはもともと、鎮魂や厄払いの意味が込められていました。ご存じのように東北は、震災で大勢の人が亡くなっています。そこで、提案です。人集めのために花火大会を開催するのはもうやめて、江戸時代のように7月〜10月まで、夜ごと花火を打ち上げてはどうでしょうか。1万5000発の花火を100日で割れば、一夜約150発。雨の日もあるでしょうから、一夜あたりの数はもっと上がります。毎日のように数時間かけて、ゆっくりと花火を打ち上げる。震災で亡くなった人の数だけ、秋の彼岸過ぎまで、供養の心を込めて打ち上げれば、花火の美しさは、さらに際立つことでしょう。
 収穫を祝い、故人を偲び、秋の訪れを知る。人集めの大花火大会で、打ち上げる数や玉の大きさを競うよりも、そのほうが、日本人らしい、本来の花火になるのではないでしょうか。宮城県にも、仙台市にも、商工会議所にも、そんな祭りを開催してほしいと強く願います。
 これからは、経済面に重心を置くのではなく、心といのちを注ぎ込む。それでこそ、「3.11」後にふさわしい祭りになると思います。(N)

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