コラム

北九州のがれき事件

さきごろ、宮城県石巻市から運ばれたガレキの試験焼却をさせまいと、北九州市の市民が焼却場前で搬入を妨害し、2人が逮捕されたとの記事を読みました。基本的な科学知識もないバカ者が、まだいるのですね。検査で問題なしとされているのに。一方で、幾度も同じような試験を重ねる税金の無駄遣いには、だれも文句を言いません。
 震災があった3月は、東北ではまだ冬ですから、東北方面からの風が中心。石巻市や岩手の被災地は、仙台のはるか北に位置しますから、大きな放射能汚染があったとも思えません。そのガレキの中には、亡くなった被災者の財産や体の一部があるかもしれませんけれど……。つまらないことは言わず、焼却とともに供養してやってはどうですか?
 慶応4年(1868年)、会津藩をはじめとした奥州列藩同盟と薩摩・長州をはじめとした官軍が最後の戦をしました。戊辰戦争ですね。会津藩や土方歳三ら新撰組が奮戦しましたが、結局、幕府側が敗れ、土方らが函館で討ち死にしたのは、ご存じの通り。その後、薩摩・長州勢で構成された明治新政府は、反乱軍であった東北を徹底して痛めつけ、戦勝後も、東北各地にあった城をすべて打ち壊しました。明治以降、富国強兵策が進められましたが、それもすべて東京以南のことで、東北の開発は無視されたも同然。産業のほとんどが中京地区以南に偏っているのが、その証です。
 北九州市や福岡市は100万人都市、大阪や京都、名古屋も大都市。それに対し、東北は現在でも仙台でようやく100万人程度です。仙台以外の東北各県の県庁所在地は30万人程度。東京を起点とすれば、九州各県より青森県の方が近いにもかかわらず、です。明治以降、幕府に味方した東北の開発は、後回しにされ続けました。
 東北の開発が進められたのは、太平洋戦争以降。熱血だけで頭脳のない薩摩・長州の後裔が日本に負け戦をもたらし、要職から一掃されたおかげだと個人的には思っています。3百万人の尊い命を失うという悲しい代償を支払いましたが……。
 平氏と源氏の時代から、西国武士か東国武士が日本を交互に支配してきました。平安時代は西国、鎌倉時代は東国。安土桃山時代は西国。江戸時代は東国。明治以降は、もちろん西国。財政も政治も限界にきている現在、次はどうなるのでしょう? 北九州市の一件を聞いて、ちょっと考えてしまいました。140年以上も前の恩讐をよみがえらせるほど、口惜しいことではあります。(N)

Page Top