コラム

「絆」なんて、どこにあるのでしょう?

 3月11日。またあの日がやってきます。昨年の3月11日は金曜日でした。スタッフは皆、校正に追われていました。晴れて暖かい日だったように記憶しています。1年を振り返れば、早いような遅いような、ちょっと複雑な気持ちです。
 ことしの3.11は日曜日ということもあって、テレビは震災の大特集になるのでしょうね。あまり見たくないので、CSの海外ドラマでも見て過ごそうと思っています。被災地の人々の多くは、同じように感じているのではないでしょうか。もう、たくさんだな……と。
 マスコミや政治家などが「絆」「絆」と叫んでいますが、ことしは日本人が「絆」を失ってしまったことが、はからずも明らかになった1年であったように思います。科学的な根拠もなしに岩手のガレキ処分を拒否されたり、福島市内のマラソン開催に文句をつけられたり、理屈ではないのですね。ただ、「いや」なのでしょう。「絆」という言葉が、色あせてしまう一瞬です。そんな心配性の人たちは、万一、がんになったらどうするのでしょうね。放射線治療などきっぱり断り、潔く死んでいくのでしょうか。
 前回の日記で「眼にて言う」の詩を紹介しました。私の母は一昨年の3月13日に亡くなりました。昨年の地震は、その感傷さえ吹き飛ばしてしまいましたが、ことしはようやく振り返る余裕ができました。
 亡くなる数日前、言葉も発せなかった母が、動く方の左手で自分の胸を軽く2度たたき、コクンと一度うなずきました。そのときはよく考えませんでしたが、ことし、「眼にて言う」を読み、母が見ていた景色をわずかながら理解できたような気がします。それで少し、「絆」を取り戻すことができました。
 しかし、自らの身の安全ばかりを考える役人や消費税を上げるためになりふり構わぬ政治家、そして、国民同士の「絆」は、雲散霧消しつつあります。
 「絆」なんて、そんな虚しい、広告コピー的な言葉を使うのは、もうやめませんか。終戦直後のように、自らの意志と努力で一から築き上げる。そんな力強さが、いまこそ求められているように感じてなりません。(N)

坂口安吾『堕落論』について

 何十年かぶりで、坂口安吾の『堕落論』(新潮文庫)を読んでいます。難解ですが、名文ですね。終戦直後に書かれたものですが、その内容は今も色あせることがありません。安吾はその本の中で、中学生の頃に出された漢文の試験問題について次のように書いています。
「『日本に多きは人なり。日本に少きも亦人なり』という文章の解釈をだされて癪にさわったことがあったが、こんな気のきいたような軽口みないなことを言ってムダな苦労をさせなくっても、日本に人が多いが、本当の人物は少い、とハッキリ言えばいいじゃないか。(中略)駄洒落にすぎない表現法は抹殺するように心掛けることが大切だ」(教祖の文学−小林秀雄論−)
 同感ですね。昨日、某局の報道番組を見ていましたが、コメンテーターの新聞記者が被災地のガレキ処理について、福島の食べ物にふれながら、反対派の言うこともよく分かるとか分からないとか、はっきりしないことを言っていました。新聞社やテレビ局に長く勤めると、ああなるんですかね。
 安吾はその本の中で「西行か実朝の歌、徒然草よりもはるかに好きだ」(同)と宮沢賢治の遺稿である『眼にて言う』を挙げています。これがまた、すごい詩なんですね。以下に、その全文を紹介します。ただし、堕落論の中に収録された詩と、少し内容が違っています。どこが違っているのかは、堕落論を買って読み比べてみてください。賢治は死の床の中で、推敲を重ねたのかもしれず、どちらが正しいのかは分かりません。

眼にて言う 宮沢賢治

だめでしょう
とまりませんな
がぶがぶ湧いているですからな
ゆうべからねむらず
血も出つづけなもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にそうです
けれどもなんといい風でしょう
もう晴明が近いので
あんなに青空からもりあがって湧くように
きれいな風が来るですな
もみじの若芽と毛のような花に
秋草のような波を立て
焼け跡のある藺草(いぐさ)のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りか何かは判りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手あてもしていただけば
これで死んでもまずは文句もありません
血が出ているにかかわらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄(こんぱく)なかばからだをはなれたのですかな
ただどうも血のために
それを云えないがひどいです
あなたの方から見たら
ずいぶんさんたんたるけしきでしょうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青空と
すきとおった風ばかりです


……私も死ぬときには、こんな景色を見たいと思いました。(N)

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